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原色天空

暂时只更新《香菜物语》

 
 
 

日志

 
 

原作者眼中的“动画化”  

2011-03-06 21:17:39|  分类: 默认分类 |  标签: |举报 |字号 订阅

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アニメ化は必ずしもうれしくない!? 作家とメディアミックスの微妙な関係
原题:动画化未必就值得庆幸!?作家和媒体协作的微妙关系


1つの作品を小説や漫画、アニメやラジオドラマなどで同時多発的に展開し
、相乗効果でそれぞれの注目度を高めていくメディアミックス。コンテン
ツ業界では親和性の高い媒体ということで、小説のテレビドラマ化や映画
化、漫画やライトノベルのアニメ化などがよく行われている。

原作となる小説や漫画の作者にとっては、メディアミックスは広告効果と
なるため、知名度が上がったり、原作の売り上げが増えたりするなどメリ
ットは多い。しかしその一方で、ライトノベル作家の松智洋氏は「作家は
必ずしもアニメ化を喜んでいるわけではない」という。
2010年4月期にアニメ化された『迷い猫オーバーラン!』の経験を例に、松
氏は作家にとってのメディアミックスの功罪を語った。
所谓“媒体协作”,指的是将一部作品通过小说、漫画、动画和广播剧等多
种形式同时多元地进行创作推进,利用协同增幅效应来提高彼此的受关注程
度的策略。在文化行业中,由于媒体间彼此的亲和度较高,将小说翻拍成电
视剧或电影、将漫画或轻小说动画化的现象都经常可见。

对于作为原作作者的小说家或漫画家来说,媒体协作可以产生广告效果,有
诸如提高知名度、增加原作销量等多种益处。但另一方面,我们却听到了轻
小说作家松智洋先生“作家未必会为作品动画化而高兴”这样的声音。
松先生以自己在2010年4月档动画化的作品《迷途猫》的经验为例,谈了对作
家来说媒体协作策略的功与过。



■ ライトノベルがアニメ化しやすい理由
轻小说容易被动画化的缘由

 

松 僕が書いている『迷い猫オーバーラン!』という作品は、アニメが2010
年の4~6月に放映されました。小説9巻、漫画2巻、ファンブック1巻で合わ
せて200万部強売れているのですが、正直知らない人の方が多いだろうと思
います。ヒットコンテンツの中に入れてもらえるとは思うのですが、同規
模の作品が今、大量にあるという認識があるからです。
並行して『パパのいうことを聞きなさい!』という小説を現在4巻まで出し
ていて、30万部強売れています。非メディアミックス展開の作品としては
そこそこ上位の数字だと言えますが、恐らく誰もご存じない。しかし、こ
こにこの先の話をする意味があるので、それを前提に置いた上で進めさせ
ていただきます。
本人松智洋写的《迷途猫》这部作品,于2010年4月到6月动画化播出。虽说
是一部发行了9卷小说、2卷漫画和1卷Fan Book、合计销量达到了200万本的
热卖之作,但老实说知道的人其实不多吧。虽说也能算一部比较卖座的作品
了,但同时也认识到如今同类型规模的作品是大量存在的。
同期的小说《听爸爸的话!》现在出到第4卷,大卖了30万册。虽说作为一部
没有进行媒体协作的作品来说这个数字已经相当不错了,但恐怕谁都不知道
这部作品的存在。我在前面先介绍这个情况是有意图的,请大家把这个案例
当做前提且听我继续说下去。





2000年代に入ると、その(ガンダムやエヴァの)ような“誰もが見ている
作品”が極端に減少します。
その理由は単純で、1990年代までは半年に30本も作られていれば多かった
アニメ作品が、メディアミックスの成功から、放映権料の安い深夜枠を狙
って大量に制作されるようになったからです。
そうなると発生する問題が原作不足です。ちょっと人気がある作品はどん
どんアニメになっていくという状況が生まれ、しかもそのアニメの作品寿
命が非常に短くなっているのです。
結果としてちょっと人気がある作品はすぐアニメ化の声がかかるようにな
りました。メディアミックスを展開するために、業界はどんどん新しいコ
ンテンツを供給し続けないと、その状況が維持できないという逆転現象が
起こり始めているのです。メディアミックスという形が前提にあるので、
メディアミックスに対する手作り感や、1つの作品を大切に伸ばしていこう
というものはどうしても薄れてきます。
进入了2000年后,像高达和EVA那样能成为“人人都在看”的作品极端地减
少了。
理由很简单,在上世纪九十年代之前半年内最多也只出30部作品的动画界,
后来因为媒体协作策略的成功,都瞄准了播放权费相对便宜的深夜档进行了
大量的制作。
在这种状态下会产生原作不足这一问题。出现了稍有人气的作品就会被接二
连三地动画化的状况,而且这些动画的作品变得非常短命。
结果是,稍微有点人气的作品就会立即引来动画化的呼声。为了迎合媒体协
作的开展,业界若不源源不断地进行新内容的供给,这种状况就无法维持这
一倒置现象开始出现。在媒体协作这种形式的前提面前,作品本身的细腻感
、以及将一部作品悉心地培养下去的心情也在不知不觉被冲淡了。





ライトノベル作家の立場からすると、アニメ化するのに必要な単行本数が
、漫画に比べるとライトノベルでは少なくていいと言えます。例えば、週
刊連載の漫画であっても、単行本を4巻出すには最低でも1年間かかります
。その1年間でキャラクターをどれだけ出せるかというと、10キャラクター
を出したらもうパンクするような内容になりがちです。一方、ライトノベ
ルでは1巻で10キャラクター扱うことも可能です。特にヒット作を出すよう
なライトノベル作家には比較的多作な人が多くて、平均で年4巻程度書くと
考えると、漫画10巻分くらいのキャラクターを1年で出すことができます。
そういう意味で、ライトノベルはメディアミックスの種として使いやすい
ので、新作でちょっと人気があるとすぐに「アニメ化したい」という声が
かかる状況が近年続いていると認識していただいていいと思います。
站在轻小说作家的立场上来说,和漫画相比,轻小说动画化所必须的单行本
数可以少很多。那周刊上连载的漫画来举例,单行本要出4卷最少也要花上1
年时间;至于说到这一年时间能让多少角色出场,这种篇幅下能有10个都基
本处于饱和状态了。再来看轻小说,轻小说单单一卷就有描写10个角色的可
能,特别是一些能写出热卖作品的轻小说作家很多都是比较高产的,一年平
均就算出4卷左右的话,漫画要用10卷才能塑造的角色轻小说只要1年就能搞
定了。在这种条件下来说,轻小说比较容易成为媒体协作的目标,想必大家
也能看到近年来新作稍有人气就立即有“希望能动画化”呼声的这一现状。








■ 「アニメの出来不出来=原作の出来不出来」として語られてしまう
“动画成不成功=原作成不成功”的公众言论趋势


ライトノベル作家としては、アニメ化される機会が増えた2000年代の状況
は非常にありがたいことだと思っています。「作品の人気が出れば、アニ
メにしてもらえるだろう」と思いながら書いている状況は事実としてある
と思います。
しかし、アニメになるかならないかというレベルまで作品が売れたところ
でみんな思うのが、「アニメがこけたら、僕の小説も絶対こける。どうし
よう、本当にいいアニメにしてもらえるのかな」ということです。そうい
う恐怖を感じながら作品と向き合っていくことが必ず発生するのが、今の
ライトノベル作家のメディアミックスへの視点だと思います。
一方、ライトノベル作家を目指している人たちや、若手の人たちには「ど
ういう作品を書いたらアニメになるだろうか」と考えながら書いている人
も増えていて、これはアニメ化される可能性が高くなったがゆえに発生し
ている逆転現象かなとは思います。
对于我们轻小说作家来说,在21世纪初能有更多动画化的机会是非常可喜可
贺的。很多人都是抱着“如果作品能有人气的话,就能被动画化了吧”这种
心情在奋笔疾书,这种状况在客观上也是存在的。
但是,在自己作品热卖、半只脚跨进动画化的时候,大家心里纠结的又是:
“如果动画遭滑铁卢了,我的小说也一定要遭殃了。怎么办呢,他们是不是
真的能把这部动画做好呢”这个问题了。之后自己不得不心怀恐怖感去面对
自己作品的情况必然会发生,相信这也是如今的轻小说作家面对媒体协作的
一个视点了。
可同时,以成为轻小说作家为目标的人们、或者是那些轻小说新人群体中,
一边考虑着“要写出怎样的作品才能被动画化呢”一边挥笔的人逐渐增多,
这正是因为动画化可能性提高的背景下催生的一种本末倒置现象吧。




現在のアニメ化に関する作家側の視点ということで、『迷い猫オーバーラ
ン!』をアニメ化していただく上で実際に僕が考えたことや感じたことを
交えながら語っていこうと思います。
まず、「アニメ化したい」という企画書は、基本的にはプロデュースをす
る制作会社から出版社に提出されます。いただいた企画書に対して、編集
部やライセンスのセクションの人が納得したものだけが原作者に回ってき
ます。ここで大きく分かれるのは、原作をそのままアニメにする原作準拠
の企画書なのか、原作はもとにするもののアニメではオリジナル要素が強
いものを作るという企画書なのかということです。
关于如今和动画化打过交道的作家一方的视点,我想结合我本人在《迷途猫
》动画化过程中的所想所感来谈谈自己的看法。
首先,“希望能动画化”的企划书,基本上是由制作方公司向出版社提交的
。接到企划书后,只有在获得编辑部或版权部门的认可后才会移交到原作者
的手中。在这里会产生巨大分歧的是,是应该接受一份严格按照原作来写的
企划书,还是采用一份在原作框架基础上的有强烈原创要素的企划书这个问
题。




今は原作準拠の方が主流なのですが、少し前までは『週刊少年ジャンプ』
原作のアニメであっても、原作通りにはやらないということが普通でした
。僕はゲームやアニメのシナリオライターを長くやってからライトノベル
作家になっているので、そちら側の観点がどうしても入ってしまうのです

が、「アニメにはアニメの文法があるのだからそれに合わせるべきだ」と
いうのが、僕が業界に入って最初に習ったアニメの作り方です。
一方、作家の立場からすると、メディアミックスによって得られる金銭的
な対価はさほど関心の中心にはならなくて、多くの場合は自分の作品をど
ういう風に伸ばしてくれるか、大事にしてくれるか、楽しく面白く作って
くれるかというところが企画書を見る時の主眼となります。
如今,虽说遵循原作还是主流的,但不久之前,即使是《周刊少年JUMP》原
作的动画,不按原作路线来制作动画的情况也已经很普通了。我本人长时间
身为一个游戏和动画的剧本作家,之后才转型成轻小说作家的,以我的观点
来说最重要的还是“动画有其本身的章法,必须要符合动画的章法才行”,
这也是我进入业界后首先学习到得动画制作思想。
另一方面,从作家的立场上来说,我关心的重点并非是通过媒体协作能获得
的金钱上的利益,在面对企划书的时候更多着眼的是自己的作品会被以怎样
的方式进行拓展、自己的想法是不是被认真对待了、能不能做成一部精彩有
趣的作品。





■ 創作活動の停滞が、アニメ化の後には起こりやすい
动画化容易出现的后遗症:创作活动停滞


……と言いつつも、アニメ化されると良いことも多いです。まず、知名度
が上がります。作品の知名度が上がればやはり手にとってもらいやすくな
りますし、何より本屋に置いてもらいやすくなる。アニメ化による宣伝効
果で販売部数が増えればそのまま収入になりますし、アニメのDVDやグッズ
が出れば二次収入も入ります。

何よりこれだけアニメ化される作品数が増えてくると、アニメ化されてい
ることが人気のバロメーターになるんですね。「書き続けられる場所を得
られる」ということが、一番大きなメリットになると思います。逆に言う
と、これを手に入れないと作家としては非常に不安なわけです。
……说了那么多,动画化带来的好处很多这一点是不可否认的。首先,知名
度提高了。作品的知名度以提高会带来很多便利,最重要的是作品比较容易
在书店上架了。动画化所产生的宣传效果会直接反映在作品销售量的增长上
,并且会变成我自己的收入,出的动画的DVD或周边商品也会成为我的二次收
入。
更重要的是被动画化的作品数量增多后,其本身能带动人气指数的上升。换
句话说就是“获得了能够继续写下去的空间”,对我们来说是最大的利益。
反过来说,不能实现这一点的作家会非常不安的。





また、作家になって出版社主催のパーティなどに行ったら、作品がアニメ
化された作家が10~20人くらいいらっしゃるのですが、その人たちはだい
たい固まって話しているんですね。それで、作品がアニメ化されてない作
家は、それを違う側で見ているわけです。そこに埋めがたい距離感という
のがあるので、みんな何とかして向こう側に行こうと必死なわけです(笑
)。
それではアニメ化によるデメリットは何か。これはほとんどの作家が周知
として知っていることで、その上でもアニメ化してほしいと思っていると
いう前提なのですが、1つは「アニメの出来不出来=原作の出来不出来」と
して扱われてしまうことです。
另外,在成为作家后参加出版社主办的宴会之时,有作品动画化经历的十几
二十位作家基本上都会固定聚在一起谈话,然后那些作品没有被动画化的作
家只能在另一边眼巴巴地看。正是因为那种横亘在心距离感的存在,所以
大家才都如此拼命想要跻身对面的行列中去吧(笑)。
那接着说说动画化会带来的负面影响吧。其一是为基本所有的作家都心知肚
明,但在该前提下还是想要动画化的一个因素,那就是“动画成不成功=原作
成不成功”这一倾向。




これはアニメの出来が良い、悪いに関わらず、自分の作品の評価にそれに
よるバイアスがかかります。つまり、原作よりアニメの方がすごく面白い
場合でも、原作者の心は折れます。原作よりアニメの方がすごくつまらな
い場合も、原作者の心は折れます。本来、切り離して考えなければいけな
いのですが、それは非常に難しい。
そのため、アニメ化される時は、作者側としてはかなり腹をくくらないと
、首を縦には振れません。漫画家の場合は今、本当に首を縦に振らない人
が増えています。人気がある作品でも、アニメがこけたことで何となく終
わった感を作られてしまい、販売部数が減ってしまう危険性が高い、もし
くは自分の意に沿わないアニメが作られることによって嫌な気分が発生し
、モチベーションが下がるのが怖いということで、漫画家はアニメ化につ
いてシビアに考えるようになっている印象があります。
就是说无论动画做得是好是坏,公众对自己作品本身的评价都会产生扭曲。
换句话说,即使是动画做得比原作还要好很多的情况下,原作者要中枪;动
画要比原作无聊很多的情况下,原作者也要中枪。虽说本来这应该是区分开
来考量的两个方面,但真正要做到却非常困难。
正是因为这个情况,在定夺是否同意动画化的时候,原作者一方若没有做好
相当程度的心理准备是不会点头的。如今不轻易点头的漫画家也增多了,即
使是很有人气的作品,只因动画遭遇滑铁卢随即带来“这下完蛋了”的绝望
感,原作销量锐减的危险性也陡增;或者,并非按自己的本意制作的动画会
给原作者带来负面的情绪、造成创作热情低下的可怕后果,因此漫画家们在
对待动画化的时候总给人一种很刻薄的印象。




ライトノベル作家の場合は、(アニメ化して失敗した作品を)終わりまで
書くのをあきらめて、新作を書き始めてしまうといった作戦がとれるので
、アニメ化に対しての熱意が強い人が多いようには感じます。
また、「アニメの終了=原作の終了」ということになりがちです。アニメ
終了後に販売部数を伸ばす作品はまれで、途中でのアニメ化が作品の寿命
を短くしてしまうというデメリットが発生します。そして、アニメが無事
終わり、原作も無事終わったという状況になったとしても、そのアニメ化
された作品の次回作というのはどうしてもハードルが上がるんですね。
对于轻小说作家来说,可以采用将动画化失败的作品给弃掉不写到底,转而
投入新作写作这种作战手法,所以感觉对动画化有强烈热情的轻小说作家相
对比较多。
另外,时常还会发生“动画完结=原作完结”的状况。动画完结后原作销量很
难上升,在原作未完结时就动画化的作品的寿命也往往会缩短等负面作用会
显现。然后,虽然也有动画和原作都得以顺利完结的情况,但这部动画化作
品的下一作的难度会提升。



ですので、アニメ化の最大のデメリットは、アニメ化後に作家が新作を発
表することの難しさと生みの苦しみではないかと思います。これは漫画化
や大規模な宣伝があった場合でも同じです。下駄を履かせてもらっている
感じが作家側に必ずあって、「作品が自分の力で売れているのではなく、
メディアミックスによって売れているのではないか」と感じて、「次も同
じようなことをしてもらえないと、同じように売れないんじゃないか」と
いう恐怖と戦い続けることになるのです。
综上,我认为动画化带来的最大不利因素,是动画化后对作家的新作发表所
带来的难度和在创作上带来的煎熬。在漫画化和大规模宣传的情况下也同样
如此。作家心里也一定会产生压迫感,不得不和内心诸如“作品不是靠我自
己的力量才卖得好的,而是媒体协作产生的效果吧”“如果下次不像这样参
加媒体协作的话,就不会卖得那么好吧”这样的恐怖感作战。







■ 作家がメディアミックスに望むこと
作家渴望从媒体协作中得到的东西


こうした状況を前提に、作家がメディアミックスに望むこととして、2つ挙
げたいと思います。
1つ目は分かりやすいのですが、「メディアミックスとして良いアニメ作品
を完成してもらい、結果として作品の寿命が延びるように、息の長いコン
テンツとして育成してもらうこと」が一番の望みだと思います。コンテン
ツを作る人からすると、原作は種だと思うんです。僕らの書いているスト
ーリーやキャラクターはコンテンツの種で、それを育成したり、伸ばした
り、弱点を補ったりするのがメディアミックスの理想なのかなと思います

以此上述情况为前提,我想举2个作家渴望从媒体协作中获得的东西。
其一很易懂,“通过媒体协作请人家完成一部优秀的动画,获得原作寿命延
长的结果,培育一个相对长久的文化产品”是作者最为渴望的东西。对于文
化创作者来说,原作就是种子。我们笔下的故事和角色正是这些种子,将其
培养、伸展、拾遗补缺,正是媒体协作所能带来的理想效果。





それに足る原作を作れるかどうかという意味においては、作家側の責任も
当然あるわけです。しかし、今のように1クールのアニメで短命のブームを
一瞬巻き起こして、1年後には誰も覚えていないという状況になることは、
作家側としては必ずしも望ましいわけではないと思います。
そのために考えるのが2点目で、メディアミックスをされる方々が売れてい
る作品に飛びつく形ではなく、メディアミックスによって相補的な関係を
築ける作品を選んでアニメ化していただければ良いのではないかと思って
います。結局、原作準拠のアニメを作っていくというのは、「原作を買っ
ている人の何割かがDVDを買ってくれればペイするじゃないか」というビジ
ネスモデルになりかかっているような恐怖感があるんですね。
だから今、企画書を軸として小説でもアニメでも漫画でも面白い作品を作
っていこうという冒険がなかなかしにくいし、それをやって失敗するとネ
ットなどでものすごくひどい目にあいます(笑)。
在能否创作出符合这一条件的原作的问题上,作家方面当然是有责任的。但
是,如今这种仅1季的动画瞬间卷起一股短命的热潮,而1年过后谁也不记得
了这一现状,想必作家方面也未必会觉得如意。
正因为如此想到的第2点是,并不要急功近利地将一部作品通过媒体协作打造
成形式上的热卖作品,而是通过媒体协作这一途径选择一些能够构筑互补关
系的作品进行动画化不是更加理想吗。如果到头来,遵循原作来制作动画就
是为了计算“买原作的人究竟会有几成会来买DVD”,陷入这种商业模式的话
就真的令人毛骨悚然了吧。
所以说如今,以企划书为中心来创作小说也好动画也好漫画也好这种冒险还
是非常艰难的,一旦失败的话在网络等地方难免还会遭到严酷的对待(笑)






最後にメディアミックスされる側の作家として心がけたいことがあるとす
れば、新たなコンテンツの種になる作品を生み出すためには、現在アニメ
化されている作品の類似作ではなく、新たな市場を感じさせるようなもの
を書くことが理想だろうと思うのです。「アニメ化されたい」と思うと、
アニメっぽい作品を書いてしまうわけですよ(笑)。
つまり、アニメで見たようなものを書くという不思議な現象が起きていて
、「これは下手をすると作家側からメディアミックスを縮小させているぞ
」という恐怖感が今あります。そのためメディアミックスされることにこ
だわらず、自由な発想で作られた作品がむしろ突破口を開いていくのかな
と感じているので、僕を含めた作家側はなるべく冒険をした方がいいのか
なと思っています。
文章最后我想要给参加媒体协作的作家提两句建议,为了孕育出足以担当新
文化“种子”大任的作品,不要拘泥于去克隆已经动画化了的作品,而是应
该用笔去开拓崭新的市场才比较理想。若是一直想着“好想被动画化”的话
,自己笔下出现的也会变成酷似动画的四不像了哦(笑)。
就是说,写出的作品让人产生仿佛在动画的哪里看到过的不可思议的现象,
“如果写得不好媒体协作的可能性就会减小了哦”这种恐怖感如今仍然历历
在目。为此,应当不拘泥于是否能实现媒体合作,通过自由的想象创作出
来的作品反而是达到这一目的的突破口,我认为包括我自己的作家阵营
都应该尽可能地在这方面去冒一下险。

 

 

 

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